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やまだの侃侃諤諤 ∋ やまだ、今日の一言
kankan-gakugaku

やまだ、今日の一言

体脂肪率19.9%
2008年5月24日(土) 16:04:04

さっき体脂肪率を測ってみたら 19.9% という結果が出た。22%暗いあるのかと思っていたから、意外と少ないものである。大学にはいろいろなものがそろっている。

つくばエクスプレス
2008年5月26日(月) 15:19:43

初めてつくばエクスプレスに乗った。なんと乗り心地の悪いシートであろうか。背もたれと座席が鋭角になっているのではないかと思うくらいの角度。
しかし、つくばって実は富山よりも交通の便が悪いのではなかろうか。出発が20分遅れただけで、到着がなんと1時間20分も遅れる。筑波大の友達は原付、車が必要なわけだ。

ニュース: 自転車通学の女子高生2人、男がハンドル突き転倒・けが
2008年5月28日(水) 12:21:57

このニュースは状況にもいろいろよるだろうけど、自転車が歩行者に衝突した交通事故として扱わないのだろうか?僕は歩行中に歩道で自転車と頻繁に接触しているので、怖いニュースだ。僕は自転車と接触して、傷害事件として逮捕されたくはない。自転車通学の女子高生2人、男がハンドル突き転倒・けが

「ゆとり」という言葉の持つ意味
2008年5月28日(水) 20:29:49

先月、週間ダイヤモンドに寺脇研氏語る「それでも、ゆとり教育こそ最適なのだ」という記事が載っていた。

「ゆとり」辞書には、「物事に余裕があって窮屈でないこと。余裕。」と書いてある。

wikipeadia にはゆとり教育の説明として 学習者が詰め込みによる焦燥感を感じないよう、学習内容を以前よりも縮小した教育のこと と書いてある。どうもゆとり教育を悪いものであると主張したい文章に見える。

週刊ダイヤモンドで寺脇氏は「自ら学びたくなるように仕向ける仕組みが必要だ。それは、知的欲求を育む教育、つまり、ゆとり教育だ。」と語っている。最後の「つまり」以降を読まなければ、僕にとってはそうだねとうなずきながら読む文章です。なぜ、このような教育理念から、それを実現するために「ゆとり」という言葉を使ったのかよくわかりません。

僕はこの「自ら学びたくなる、知的欲求を育む」ということが教育においても最も大切だと思っています。しかし、それを実現するためには学習内容を縮小すればいいとは思いません。むしろ逆で、どんどん詰め込む必要があると思うのです。勉強するために勉強する、と言ってもいいかもしれません。

日本にサマータイムを導入したら、
2008年5月30日(金) 23:16:46  参考ページ

日本にサマータイムを導入したら、サラリーマンの残業時間が増えるだけだと思います。結局、日本全体の元気がなくなって、あとから困ってしまうようないやな予感がする。

Firefox 3 は快適
2008年5月30日(金) 23:20:05

Firefox 3 RC1 を使い始めた。これはFirefox 2に比べて、起動、ページの表示が格段に早く、実に快適です。おすすめです。
Firefox 3

普段の慣れ親しんだplugin が使えないからまだ乗り換えないという人もいるようですが、いつもの慣れ親しんだ便利な機能と表示が早いこととを天秤にかけてみて、自分は使うか使わないかを決めればいいのです。

文科省が私立大学の学生にお金をくばるつもりらしい。
2008年5月30日(金) 23:39:09  参考ページ

mixi 日記に書いて、あとで書き直してブログにまとめようと思っていたのだが、立派なコメント議論が成立してしまったのでコメントまで含めてそのまま載せます。あとで書き直せばいいやと思ってやや乱暴に書いたのがいけなかったのか?

[元の文章]
私立大学の学生にお金をばらまくより先に国立大学の学費を無償化するべきではないか?低所得世帯を対象とするようだけれども、低所得世帯なら現状で学費の安い国立大学へ入学すべきで、わざわざ学費の高い私立大学を選んでいる学生に、なぜ援助が必要なのだろうか?そもそも日本中に大学へ行きたい人がそんなにたくさんいるのかという疑問もあるが。

[幸之介さんからのコメント 1]
その論で行くと、まず私立大学に対して出している金銭的支援を打ち切るべきということになろう。たぶんそのぶんで国立大学の学費は無料にできる。
もし打ち切りがかわいそうだとすれば、学生を直接資金援助する方法がいいかどうかはさておき、私立と国立の格差是正の程度問題、または国立大学の許容量と民間委託の問題になるのではないだろうか。

[僕のコメント 1]
私立の学校に助成金を出さなければならない理由がわかりません。根拠はあるんでしょうか?(これは僕がよく知らないだけの可能性はあります。)
私立と国立の格差が何を意味するのか正しく認識しているかは自信がありませんが、学費についてだけなら格差があっていいと思います。国立(もしくは公立も含めてよい)の学校は、その国の将来を若者に託すことが目的なのだから、学費は無料にして、どんどん勉強してくださいという状態に保たねばならないと思う。そして、これこそが、米百俵の精神であると信じている。(いつぞやの首相が所信表明演説で誤った用い方をした。)国立大学の許容量が今のままでいいかという議論は必要かも知れませんが、現在のように「受益者負担」などと言って(これを言ったのは誰でしたっけ?)学生から高額な学費をとるなら、誰も日本経済の発展のことなどは考えなくなってしまいます。
本来は米百俵の精神が立派な受益者負担論だったはず。

[幸之介さんからのコメント 2]
合理的な考えで述べるとすれば、国立でまかないきれない分を私学に委託していると言うことであろう。結果論で言えば、多様性と競争原理も働くかもしれぬ。
やまだ理論を元に現状を説明してみる。まず国立の学費は無料、私学助成金はゼロとする。その上で、教育予算の限り国立大を作る。そうすると、国立でまかなえる学生人数は、現状より多くなるいっぽうで、私立の人数は学生側の経済的事情によって減る。すると国私あわせた学生の総人数は減る※1。しかし日本国として大学教育を受けられる人数を減らすわけにはいかない…とすれば※2、やはり教育予算のうちいくらかを私学の助成に充てるのが得策である。
※1 経済学のセンスがあれば説明不要だと思うが、納得できない場合は説明めんどくせえ
※2 「大学生大杉じゃね?」と思ってるのなら国立だけでもいいかもね。
ちなみにわたしは私学の助成の「是」「非」については特に関心ありません(笑)。

[僕のコメント 2]
そもそも僕はこのように思っているのです。

そもそも日本中に大学へ行きたい人がそんなにたくさんいるのかという疑問もあるが。

「学校を作ったから、助成金をちょうだい」というのはおかしいと思う。(実際に、どこかの私立大学が助成金ほしさに合格者の学部を振り替えて入学させていたという話題もありましたし。)国が全額を負担する高等教育機関を作った上で、「まだ予算が余っているから、国の代わりに私立の大学にも委託のような意味で助成金を出しましょう」という状態なら、それでもいいとは思いますが。
今の大学新設は許可制度ではなく、届出制なのですよ。せめて、助成金を出すか出さないかくらいは、コンペティションを開き、選別しないと。道路と同じように何が何でも払いますという状態はよくない。
さっきも書きましたが、今の状態では日本の大学で学んだ若者が「別に日本の発展のために努めなくてもいいでしょう」という発想をもつのも自然な流れだと思います。教育関連出費と将来の日本の経済には相関があると信じています。(いつまで経っても証明はできませんが。)文科省のサイトに昭和50年からの学費の一覧表があった。平均値で述べていいのかという疑問もあるが。国立・公立・私立大学の授業料及び入学料の推移これ以前のデータをどこかで手に入れたいのだけども、昭和54年頃の大学入学者が30才にさしかかる頃に日本経済の失われた10年がスタートするわけです。

[幸之介さんからのコメント 3]
コンペティション同意。出すか出さないかの恐怖の二択ではなくて、金額の程度を決めるのが妥当かと思うけど。もちろんゼロも含めてでいいので。とはいえ、ある程度の実績も指標になってなかったっけ。学生人数とかだけだっけ。
その表に物価推移も入れて検証するのは面倒だな。

[僕のコメント 3]
物価推移はたぶん検証するのはとても大変なので、国立と私立の授業料の比でごまかせばすぐにできそうな予感。 どのように読むのが正しいのかよくわからないが、たとえば次のようにも読める。
"1975年から2001年までの四半世紀のうちに、徐々に私学助成金が加算され、私立大学の入学料はおよそ半分に、授業料はおよそ三分の一になった。"(ちょっとひどく言い過ぎているように感じますが。)

[参考資料]
1975年
授業料比(私立/国立) 5.074
入学料比(私立/国立) 1.91168
2001年
授業料比 1.610
入学料比 1.034

読書に夢中で、電車を乗り過ごす
2008年5月31日(土) 00:19:20

筑波からの帰り道、つくばエクスプレスの中で読書をしていたら「南千住」というアナウンスが聞こえてきた。北千住で降りたかったので、筑波の方が北にあるから乗り過ごしてしまったらしいと気がついた。普段乗り慣れない路線では気をつけていないとうっかりこういうことが起こってしまう。

メールサーバの設定
2008年5月31日(土) 11:51:09

Postfix の本を眺めていて
smtpd_reject_unlisted_sender = yes
という設定ができることを知った。本来存在しないメールアドレスからの送信を拒否するというもの。たぶんウイルスに感染していろいろめちゃくちゃなメールを送信されるようなときや、うっかりリレーの設定が間違っているようなときに踏み台にされるようなときに被害を何桁も少なくしてくれる設定に違いない。書籍情報は眺めるということができるからうれしい。

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